年表
1531年から2021年までの出来事
この年表は、リムーの協同組合が最初のスパークリングワインの年とする1531年から、1シャンパーニュという名称に関する2021年のEU司法裁判所の判決まで、スパークリングワインの歴史上の年代のわかる出来事を挙げています。2各行に出典を付し、伝説や生産者が自らについて述べる主張はそれとわかるように示しています。
この表の読み方:「メゾンによる」「同社による」は、生産者が自らについて示す年であることを表します。「伝説」は、文書で確認されない言い伝えを表します。主な出来事はテーマ別のページで詳しく説明しています:ドン・ペリニヨン、メレットの論文、シャンパーニュの境界、名称の保護、メゾンの創業年、その他の地域、発明。
伝説:1531年にリムーで初めてスパークリングワインが造られたという主張は地元の協同組合によるものです。INAOは1544年としており、どちらの年についても古文書は見つかりませんでした。1,8
1700年以前
| 年 | 出来事 | 場所 |
|---|---|---|
| 1531 | 伝説:協同組合シュール・ダルクは、この年サン・ティレール修道院の修道士が最初のスパークリングワインを造ったとしている。古文書は見つかっていない。1 | リムー、フランス |
| 1544 | INAOのアペラシオンのページは、サン・ティレールの修道士がこの年から発泡性のワインを造っていたとしている。8 | リムー、フランス |
| 1584 | メゾンによれば、ピエール・ゴッセがスティルワイン(主に赤)を扱うワインの商いを始める。9 | アイ、シャンパーニュ |
| 1654 | ウィリアム・ハーヴィーが医師クリストファー・メレットを王立内科医協会の初代ハーヴィー記念司書に推薦する。10 | ロンドン、イングランド |
| 1662 | 12月17日、「Ordering of Wines」に関するメレットの論文が王立協会で読み上げられる。ワイン樽職人がワインに「vast quantities of Sugar and Melosses(大量の砂糖と糖蜜)」を加えているとある。3,10 | ロンドン、イングランド |
| 1668 | ドン・ピエール・ペリニヨンがオーヴィレール修道院のブドウ畑の担当となり、1715年に亡くなるまでその職にとどまる。11 | オーヴィレール、シャンパーニュ |
| 1670-1720 | シャンパーニュ委員会は、この地方で意図してスパークリングワインを造る選択がなされた時期をこの数十年に置いている。2 | シャンパーニュ |
| 1685 | シャンパーニュにコルク栓が導入される。2 | シャンパーニュ |
1700-1850年
| 年 | 出来事 | 場所 |
|---|---|---|
| 1715 | ドン・ペリニヨンがオーヴィレールでの47年を経て亡くなる。11,12 | オーヴィレール、シャンパーニュ |
| 1729 | メゾンによれば、9月1日にニコラ・ルイナールがルイナールを創業し、「泡のあるワイン」の台帳を開く。13 | ランス |
| 1734 | テタンジェによれば、シャトー・ド・ラ・マルケトリーが建てられる。参照したメゾンのページにはフォレスト・フルノーの創業年は記されていない。14 | シャンパーニュ |
| 1743 | メゾンによれば、クロード・モエがモエを創業する。15 | エペルネ |
| 1754 | アウレリアーノ・アカンティが詩「Il Roccolo, Ditirambo」で「プロセッコ」の名を挙げる。このワインに関する最初の文字記録。16,17 | イタリア |
| 1770 | はるかに厚く丈夫なガラスでできたシャンパーニュの新しい瓶が登場する。2 | シャンパーニュ |
| 1772 | メゾンによれば、織物商フィリップ・クリコがクリコの商いを創業する。18 | ランス |
| 1772 | フランチェスコ・マリア・マルヴォルティが『Giornale d'Italia』で初めてプロセッコをコネリアーノとヴァルドッビアデーネに結びつける。16 | イタリア |
| 18世紀 | シャンパーニュ・メゾンが登場し(シャンパーニュ委員会は最初期のものとしてデュボワ、ヴーヴ・クリコ、エドシックを挙げる)、シャンパーニュが世界中に輸出される。2,7 | ランス、エペルネ |
| 18世紀末 | 造り手が瓶詰めしたワインに糖を加え始める。2 | シャンパーニュ |
| 1785 | パイパー・エドシックによれば、フローレンス=ルイ・エドシックがメゾンを創業する。19 | ランス |
| 1798 | メゾンによれば、クロードとメミー・ジャクソンがジャクソンを創業する。20 | シャロン・シュル・マルヌ |
| 1800年ごろ | 19世紀への変わり目にピュピトルが登場する。シャンパーニュ委員会は発明者の名を挙げていない。2 | シャンパーニュ |
| 1805 | フランソワ・クリコの死後、27歳の未亡人バルブ=ニコルがメゾンを引き継ぐ。18 | ランス |
| 1807 | ゲオルク・クリスティアン・ケスラーがヴーヴ・クリコに入る。21 | ランス |
| 1810 | メゾンによれば、マダム・クリコが最初のヴィンテージ・シャンパーニュを造る。18 | ランス |
| 1811 | メゾンによれば、ピエール=ニコラ・ペリエとローズ=アデライド・ジュエがペリエ・ジュエを創業する。22 | シャンパーニュ |
| 1816 | メゾンによれば、マダム・クリコがルミュアージュ台を発明する。18 | ランス |
| 1818 | メゾンによれば、ヴーヴ・クリコが赤ワインと白ワインをブレンドして最初のロゼ・シャンパーニュを造る。18 | ランス |
| 1821 | オーヴィレール最後の財務係ドン・グロサールが、ドン・ペリニヨンに「発泡性の白ワインを造る秘訣」を帰する。伝説:これは発明者の物語の始まりであり、同時代の証拠ではない。11 | シャンパーニュ |
| 1826 | メゾンによれば、7月1日にゲオルク・クリスティアン・ケスラーがケスラーを創業する。同社はこれをドイツ初のスパークリングワイン醸造所としている。21 | エスリンゲン、ドイツ |
| 1829 | メゾンによれば、2月6日にルノーダン・ボランジェ社が創業される。23 | アイ、シャンパーニュ |
| 1832 | 同社によれば、アダム・ヘンケルのワイン商が創業される。24 | ドイツ |
| 1837 | 薬剤師ジャン=バティスト・フランソワが、発泡のために加える糖を確実に測る方法を開発する。2 | シャロン |
| 1842 | 同社によれば、ローベルト・アルヴィン・シュルンベルガーがシュルンベルガーを創業する。25 | オーストリア |
| 1843 | メゾンによれば、ジャクソンにいたヨーゼフ・クリュッグがクリュッグを創業する。26,20 | ランス |
| 1844 | メゾンによれば、アドルフ・ジャクソンがミュズレの特許を取得する。20 | シャンパーニュ |
| 1848 | カルロ・ガンチアがパイパー・エドシックで修業を始める。27 | ランス |
1850-1945年
| 年 | 出来事 | 場所 |
|---|---|---|
| 1850 | カルロとエドアルド・ガンチアがフラテッリ・ガンチア社を創業する。27 | キヴァッソ、イタリア |
| 1856 | 同社によれば、アダム・ヘンケルがゼクトの生産を始める。24 | ドイツ |
| 1860 | ルイ・パスツールが糖をアルコールと二酸化炭素に変える酵母を特定する(シャンパーニュ委員会による年代)。2 | フランス |
| 1863 | フィロキセラがヨーロッパに到達する。2 | ヨーロッパ |
| 1864 | J.J.ゼーンラインがスパークリングワイン醸造所を創業する。24 | ラインガウ、ドイツ |
| 1865 | メゾンによれば、カルロ・ガンチアがモスカートからイタリア初のスプマンテを造る。アスティ協会もこの主張を繰り返している。27,28 | ピエモンテ、イタリア |
| 1866 | 5月11日、ガンチアがカネッリへ移る。27 | カネッリ、イタリア |
| 1870 | アレクサンドル2世の勅令により皇室領アブラウ・デュルソが設立される。同社は11月25日としている。29,30 | アブラウ・デュルソ、ロシア |
| 1872 | コドルニウのジョセップ・ラベントスがトラディショナル方式で最初のカヴァのボトルを造る。31,6 | サン・サドゥルニ・ダノイア、スペイン |
| 1876 | イタリアで初めての王立ブドウ栽培・醸造学校が開校する。17,16 | コネリアーノ、イタリア |
| 1877 | ルイナールがランスの地下のチョークのクレイエール(石切り場)を取得する。アブラウ・デュルソがスティルワインの生産を始める。32,29 | ランス、アブラウ・デュルソ |
| 1884 | シャンパーニュ・メゾンの経営者アルマン・ヴァルファールが冷却式デゴルジュマンを発明する。2 | シャンパーニュ |
| 1887 | アンジェ控訴院が「シャンパーニュ」はこの地方のワインのみを指すと判決する。2 | アンジェ、フランス |
| 1890 | シャンパーニュでフィロキセラの危機(シャンパーニュ委員会による年代)。2 | シャンパーニュ |
| 1896 | 生産者によれば、アブラウ・デュルソで最初のスパークリングワインのティラージュが行われる。同じページには1898年までスティルワインだけが造られていたともある。29 | アブラウ・デュルソ、ロシア |
| 1898 | 栽培者とメゾンがシャンパーニュ・ブドウ栽培協会を設立し、アメリカ系台木に接ぎ木して植え替える。2 | シャンパーニュ |
| 1898 | アスティ協会によれば、フェデリコ・マルティノッティが大型の耐圧タンクによる最初の短期スパークリング製法を開発する。1895年の特許の年がよく引用されるが、その一次資料は見つかっていない。28 | イタリア |
| 1902 | ジュリオ・フェッラーリがフェッラーリ・ワイナリーを創業する。ペリエ・ジュエによれば、エミール・ガレがアネモネのボトルをデザインする。33,22 | トレンティーノ、シャンパーニュ |
| 1905 | 8月1日の不正防止法が原産地呼称保護の最初の基礎を築く。シャンパーニュの生産者が画定を求めて働きかける。34,2 | フランス |
| 1908 | 8月5日の法律が画定の根拠を恒常的な地元の慣行に置く。12月17日のデクレがシャンパーニュの最初の境界を引き、オーブを外に置く。34,4,35 | フランス |
| 1911 | マルヌの栽培者が、区域外のワインを買っていると非難されたメゾンを、とくにアイとエペルネで襲う。軍が介入する。続いてオーブの栽培者が暴動を起こす。35 | マルヌ、オーブ |
| 1914 | 同社によれば、ペドロ・フェレールとドロレス・サラ・ビベがフレシネを創業する。24 | カタルーニャ、スペイン |
| 1919 | 原産地呼称に関する5月6日の法律:ワインの原産地呼称は決して一般名称とはみなされない。34 | フランス |
| 1927 | 7月22日の法律がシャンパーニュ・ヴィティコール、そのブドウ品種、瓶内発酵を定める。4 | フランス |
| 1931 | ルイナールのクレイエールが特筆すべき自然景観として登録される。32 | ランス |
| 1932 | メゾンによれば、ピエール・テタンジェとポール・エヴェックがフォレスト・フルノーを買収する。12月17日、アスティ保護協会が設立される。36,28 | シャンパーニュ、アスティ |
| 1935 | 7月30日のデクレ・ロワが原産地呼称全国委員会とAOCを創設する。34 | フランス |
| 1936 | 5月15日、最初の6つのワインのAOCが公式のものとなる。6月29日、シャンパーニュがAOCとして認定される。34,5 | フランス |
| 1938 | リムーのスパークリングワインがアペラシオンとして認定される。37 | リムー、フランス |
| 1941 | 4月12日の法律がCIVCを創設する。メゾンによれば、リリー・ボランジェが夫の死に伴いボランジェを引き継ぐ。5,23 | シャンパーニュ |
1945-2000年
| 年 | 出来事 | 場所 |
|---|---|---|
| 1959 | カヴァという名称が初めて公文書に現れる。LVMHによれば、シャンドン・アルゼンチンが設立される。6,38 | スペイン、アルゼンチン |
| 1960 | イングランド高等法院が、イギリスで「スパニッシュ・シャンパン」として販売されたスパークリングワインに対して不利な判決を下す。2 | ロンドン、イングランド |
| 1962 | 6月7日、11の生産者がコネリアーノ・ヴァルドッビアデーネ・プロセッコ協会を結成する。16 | ヴェネト、イタリア |
| 1966 | ストラーダ・デル・プロセッコが、イタリアで初めて公認されたワイン街道として開設される。16 | ヴェネト、イタリア |
| 1967 | アスティが最初のDOCワインのひとつとなる。イングリッシュ・ヴィンヤーズ協会が14の会員と12の準会員で結成される。28,39 | イタリア、イングランド |
| 1969 | 4月2日、コネリアーノとヴァルドッビアデーネの間の15のコミューンのプロセッコがDOCとなる。16 | ヴェネト、イタリア |
| 1971 | シモンシッヒが最初のキャップ・クラシックであるカープス・フォンケルを造る。リリー・ボランジェによるボランジェの指揮が終わる。40,23 | ステレンボッシュ、アイ |
| 1972 | スパークリングワイン統制委員会が設置され、「カヴァ」という名称を承認する。6 | スペイン |
| 1973 | LVMHによれば、シャンドン・カリフォルニアとシャンドン・ブラジルが設立される。38 | アメリカ、ブラジル |
| 1976 | コドルニウのセラーが国の歴史芸術記念物に指定される。31 | サン・サドゥルニ・ダノイア、スペイン |
| 1984 | トレントDOC協会が設立される。41 | トレンティーノ、イタリア |
| 1986 | 2月27日の省令がカヴァの生産地域を画定する。LVMHによれば、シャンドン・オーストラリアが設立される。6,38 | スペイン、オーストラリア |
| 1987 | ヘンケルとゼーンラインが合併する。24 | ドイツ |
| 1988 | 生産者によれば、ナイティンバーが最初のブドウを植える。42 | ウェスト・サセックス、イングランド |
| 1990 | クレマン・ド・リムーが創設される。8 | リムー、フランス |
| 1991 | 11月14日の省令が現行のカヴァの規則を承認する。6 | スペイン |
| 1992 | キャップ・クラシック生産者協会が結成され、キャップ・クラシックという用語が使われ始める。43 | 南アフリカ |
| 1993 | アスティがDOCGとなる。7月9日の政令でトレントがDOCとなる。28,44 | イタリア |
| 1996 | UKヴィンヤーズ協会が設立される。39 | イギリス |
2000年以降
| 年 | 出来事 | 場所 |
|---|---|---|
| 2009 | 7月17日、プロセッコの制度が再編され、プロセッコDOCと、アーゾロおよびコネリアーノ・ヴァルドッビアデーネの2つのDOCGとなる。コネリアーノ・ヴァルドッビアデーネDOCGは8月1日から、プロセッコDOC協会は11月19日から。17,16 | ヴェネト、フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア |
| 2011 | イギリスの生産者団体がイングランドとウェールズのPDOおよびPGI制度の管理者となる。39 | イギリス |
| 2013 | LVMHによれば、シャンドン・チャイナが設立される。38 | 中国 |
| 2014 | ユネスコが、カネッリのセラーを含むランゲ・ロエロとモンフェッラートのブドウ畑の景観を登録する。28 | ピエモンテ、イタリア |
| 2015 | 7月4日、ユネスコが「シャンパーニュの丘陵、メゾンとカーヴ」を世界遺産リストに登録する。45,7 | シャンパーニュ |
| 2016 | WineGBがイギリスのワイン生産者協会となる。39 | イギリス |
| 2019 | 7月7日、ユネスコがコネリアーノとヴァルドッビアデーネのプロセッコの丘陵を登録する。46 | ヴェネト、イタリア |
| 2020 | カヴァ統制委員会が新たな区分と品質の階層を承認する。2021年がその下での最初の収穫となる。6 | スペイン |
| 2021 | 欧州連合司法裁判所が、タパスバー「チャンパニーリョ」に対して不利な判決を下す。2 | ルクセンブルク、スペイン |
関連項目
出典
- Sieur d'Arques (Limoux cooperative). Sieur d'Arques home page
- Comité Champagne (champagne.fr). Champagne and its history
- Royal Society (Science in the Making archive). 'Some observations concerning the Ordering of Wines' by Christopher Merrett, RBO/2i/14 (1662-12-17)
- WIPO (BIRPI journal archive). La Propriété industrielle, September 1927 (reproduces the French law of 22 July 1927 completing the law of 6 May 1919) (1927-09)
- Comité Champagne (champagne.fr). The Champagne designation
- Consejo Regulador DO Cava. Cava history
- UNESCO World Heritage Centre. Champagne Hillsides, Houses and Cellars (World Heritage List no. 1465) (2015)
- INAO. Crémant de Limoux blanc (product page)
- Champagne Gosset. Gosset House history
- Royal College of Physicians (history blog). Christopher Merrett and the beginnings of champagne
- EPHE-PSL, LabEx HASTEC. P.-M. Sallé, 'Dom Pérignon et le champagne : la construction d'une figure et d'une légende (XVIIIe-XXe siècles)', postdoctoral research project (2023)
- LVMH (owner of Dom Pérignon). Dom Pérignon
- LVMH (owner of Ruinart). Ruinart
- Champagne Taittinger. Le patrimoine
- LVMH (owner of Moët & Chandon). Moët & Chandon
- Consorzio di Tutela del Vino Conegliano Valdobbiadene Prosecco. History
- Consorzio di Tutela della Denominazione di Origine Controllata Prosecco. History
- LVMH (owner of Veuve Clicquot). Veuve Clicquot
- Piper-Heidsieck. Our House
- Champagne Jacquesson. Le domaine
- Kessler Sekt. Chronik
- Perrier-Jouët. History: Outstanding Maison since 1811
- Champagne Bollinger. Notre histoire (La Maison)
- Henkell Freixenet. History
- Schlumberger Gruppe. Über uns
- LVMH (owner of Krug). Krug
- Casa Gancia. La storia di Gancia
- Consorzio per la Tutela dell'Asti DOCG. Storia
- Abrau-Durso (official site). О нас (About)
- Abrau-Durso (official site). Abrau-Durso home page
- Consejo Regulador DO Cava. Codorníu (winery page)
- Mission Coteaux, Maisons et Caves de Champagne: Patrimoine mondial. La plus ancienne Maison de Champagne
- Istituto Trento DOC. Trentodoc home page
- Frise chronologique: 90 ans des signes officiels de qualité (INAO timeline) (2025-09)
- Bibliothèque nationale de France. Champagne ! Bibliographie sélective (exhibition bibliography) (2023-12)
- Champagne Taittinger. L'histoire
- INAO. Limoux blanquette de Limoux (product page)
- LVMH (owner of Chandon). Chandon
- WineGB. History
- Simonsig Family Vineyards. Simonsig home page
- Istituto Trento DOC. Institute and brand
- Nyetimber. Our story
- Cap Classique Producers Association home page
- Camera di Commercio di Trento (control body). Disciplinare di produzione DOC Trento (last amended 30.11.2011) (2011-11-30)
- Comité Champagne (champagne.fr). Champagne, a UNESCO World Heritage site
- UNESCO World Heritage Centre. Le Colline del Prosecco di Conegliano e Valdobbiadene (World Heritage List no. 1571) (2019)
事実確認日 2026-10-19